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ご縁で巡り会えた写真集や国内外の文学を中心に、たまに映画や音楽など。

中沢 新一 : 森のバロック ☆☆☆・・

実は2回目。初めて読んだときは南方マンダラが理解できず挫折。
そして今回もやっぱりむずかしくてよく消化できませんでしたが、前回よりも少しだけ理解が進んだ気がします。
この本が、その後の「対称性人類学」シリーズのきっかけになったことはよく分かりました。
少し仏教の勉強をしてから再読しようと思います。いつかはしっかり南方マンダラを理解するぞ!

生物学・民俗学から神話・宗教学に精通、あらゆる不思議に挑んだ南方熊楠。那智の森の中に、粘菌の生態の奥に、直観された「流れるもの」とは何か。自然や人間精神の研究の末織り上げられた南方マンダラの可能性とは?後継者のいない南方熊楠の思想、「旧石器的」な思考の中に、著者は未来の怪物的な子供を見出す。対称性理論への出発点となった記念碑的著作。

中沢 新一 : 対称性人類学 カイエ・ソバージュ <5> ☆☆☆☆・

なかなか難しいところもありましたが、未来を考えて行く上では大事で、今のところもっとも望ましい思想のような気がしています。あとは日常においてどこまで実践できるか、しっかり考えて行動する必要がありそうです。

なにかに区切りがつくときというのは、達成感とともに一抹の寂しさが湧いてくるものだ。全5冊にわたるシリーズの完結ともなれば、なおさらだろう。「超越的なもの」をめぐる人類の思索史カイエ・ソバージュ。その最終巻である本書では、これまで重ねてきた考察を踏まえ、来たるべき時代の思想を模索する。
かつて世界は人間と動物、個人と全体を区別することのない「対称性」の思考に彩られていた。そこでは支配 ― 被支配の隔てもなく、死と生の間にすら決定的な差異は認められていなかった。ところが、国家や一神教に象徴される「非対称性」の力が世のすみずみまで行きわたった結果、あらゆるところで深刻ないきづまりが生じているのだ。人類の本質が「対称性」にあるため、「非対称性」の社会では必然的に閉塞へ追い込まれていくのである。

とはいえ、今さら国家のない時代に戻ることなどできるはずもない。そこで示されるヒントのひとつが仏教である。じつは、仏教こそ対称性を極限まで磨きあげた思想なのだ。ここでは人間と動物は同じ「有情(うじょう)」(意識のある存在)であり、輪廻の輪の一部にすぎない。ゆえに、人は自然に対して倫理的にふるまうのである。こうした認識こそが、一神教型の世界を乗り越える原動力になるのではないか、と本書はいう。むろん、これはあくまで一つの理想型であるが、このように、ただ現状を分析するだけでなく、「ならば、どうしたらいいか」というところにまで踏み込む逞(たくま)しさが、中沢新一の魅力だろう。

 著者もいうように、「対称性」を回復する試みはいままさに始まったばかりである。むしろ、スタートラインに立つためにこそ、この長いシリーズは語られてきたのかもしれない。知の冒険はこれからも果てなくつづいていく。だからこそ、講義の最後に発せられた「また会いましょう」という一言がいっそう感動的に響くのである。(大滝浩太郎)

中沢 新一 : 熊から王へ―カイエ・ソバージュ〈2〉 ☆☆☆☆☆

これまで自分が「宮沢賢治」「南方熊楠」「レヴィ=ストロース」「マタギ」「東北」等々に惹かれてきた理由、ここにありました。あぁ、とてもすっきり。
このシリーズ、とてもためにもなって面白いです。

「対称性」視点で世の中を見ることをこれからもっと意識的に行っていこう。

米同時多発テロと神話学――。この2つが根本のところでかかわっていると聞けば、異様な感じを受ける向きも多いだろう。だが、テロであれその報復であれ、すべての「野蛮」は神話的価値観の終焉がもたらしたといえるのだ。
本書は「超越的なもの」について、太古から人類が巡らせてきた思索を追うシリーズの第2巻。原初の共同体が崩壊し、王と国が生まれるまでを考察する。

著者はアムール川流域やサハリン、北米、南米などに伝わる数多くの神話を分析、自然と人間が互いに尊重し、交流していた社会の姿を探り出してゆく。ここでは、人と動物が単なる狩り狩られる関係ではなく、人間も毛皮をまとえば獣となり、雌とつがって子を産ませるというような伝承が生じる。また、無差別に動物を殺戮することなどありえず、生きるために殺しはしても、骨や毛皮は敬意をもって扱われた。人と自然が相互に往き来できる世界、いわば「対称性の社会」なのだ。こうした世界では、「権力」は本来、自然が持つものであり、社会の外にあった。人間のリーダーである「首長」は、交渉や調停といった「文化」の原理で集団を導く者だったのだ。だが、この「権力」が共同体内部に持ち込まれたとき、人間と自然は隔絶し、首長は王となって、国が生まれた。「権力」を取り込むことで成立した「国」は、人や自然を一方的に支配しようとする宿命を持つ。ゆえに国家というものは本質的に野蛮をはらんでいるのだ、と著者は言う。

本書のもとになった講義は、同時多発テロの直後に開始された。その影響は色濃く、本文のなかでも、文化とは何か、野蛮とは何かという問いかけがしばしばなされている。著者は国家という野蛮に抗しうる思想として、仏教の可能性を考察する。ブッダの生家は共同体に近いような小邑の首長であり、この出自が仏教の性格に影響を及ぼしているという。とすれば、原初の精神が21世紀の混迷を照らすということになるだろう。きわめてダイナミックな構図だが、こうした示唆こそ神話を学ぶ意味なのかもしれない。(大滝浩太郎)

安田 喜憲 : 日本よ、森の環境国家たれ ☆☆☆・・

環境考古学の先生の本。「森の民」と「家畜の民」の違いを、歴史的・地理的にとてもすっきり、わかりやすく教えてくれます。
私たち日本人が「森の民」として森(地球環境)と共に生きる生き方の重要性・必然性を再確認できる本です。

人類文明史には「森の民」の「植物文明」と「家畜の民」の「動物文明」の二類型があるというのが、本書の最大の発見である。「森の民」の「稲作漁撈民」は桃源郷を、「家畜の民」の「畑作牧畜民」はユートピアを創造した。桃源郷こそ「森の民」の究極の生命維持装置だった。だが、人類文明史は、一面において後者の「動物文明」が前者の「植物文明」を駆逐する歴史であった。そうした中で「森の民」日本人は「家畜の民」に蹂躪されへこたれたことが一度もなかった。日本人が森にこだわり「森の環境国家の構築」に邁進するかぎり、日本の未来は安泰であるというのが、本書の提言である。

工藤 隆雄 : マタギに学ぶ登山技術 ☆☆☆☆・

ソフトタッチな本ですが、伝説のシカリ、鈴木松治さんをはじめ、実際のマタギの方々のインタビューをベースとしたすごく貴重な本。
ハイキング程度のなんちゃって山好きの私ですが、「雪崩にあったときの対処法」「道に迷ったときの対処法」などなど…参考…になりました。

山のプロが教える古くて新しい知恵

原 武史 : “出雲”という思想―近代日本の抹殺された神々 ☆☆☆☆・

面白かった。
近所の文房具屋さんのオジさんが、所蔵の本を50円均一でたたき売りしていたので、その中からピックアップしました(人の所蔵、本棚って面白いですよねー)。

自分が生まれた練馬や今済んでいる幡ヶ谷あたりも「氷川神社」がたくさんありますが「出雲」系だったこと、初めて知りました。
「大宮氷川神社の悲しい歴史」も非常に興味深いです。
また、平田篤胤の研究の視点も面白いですね。
彼はこの「古史」だけでなく、たくさんいろんな分野を勉強された偉い人。水木さん曰く、荒俣宏さんは平田篤胤の生まれ変わりとか。

明治国家における「国体」「近代天皇制」の確立は、“伊勢”=国家神道の勝利であった。その陰で闇に葬られたもう一つの神道・“出雲”。スサノヲやオホクニヌシを主宰神とするこの神学は、復古神道の流れに属しながら、なぜ抹殺されたのか。気鋭の学者が“出雲”という場所をとおし、近代日本のもう一つの思想史を大胆に描く意欲作。

岡沢 憲芙 : スウェーデン―自律社会を生きる人びと ☆☆☆・・

まがりなりにも会社を運営する側としては、なにより「経済システム」がどのような考え方で運営され、その中で企業がどのように活動し、税金を収めたり、雇用を創出したり、社会貢献したりと…その辺がとても気になります。優れた社会システムや政治システムがきちんと機能するためには、経済活動/経済システムが「変わらなきゃ」と強く感じているからです。
そのような話は詳しくこの本には書かれていなかったわけですが、「ワークライフバランス」が「個人」としてはもちろん、「社会」としても重要な点を再認識できました。
「ワーク・ライフ・バランス」もいいけど「ワーク・ソーシャル・バランス」の方が大事かな。

スウェーデンで出産を経験した人、スウェーデンの大学で学んだ人、スウェーデンで休養する人、このようなさまざまな生活と、深い専門的知識をリンクさせて、スウェーデン社会における、生から死に至る一生を通じた生活の話題から、社会の自律性を巡る論考を進めた一冊。

小澤 徳太郎 : スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」☆☆☆☆・

神野さんが考える日本が目指すべき方向性の先にはスウェーデンがあるようです。ということでスウェーデンの話。
社会保障制度に関するアプローチなど、日本とスウェーデンの「国の運営」に対する「考え方」におおきな違いがあることがよく分かりました。国土や人口などはたしかに大きく違いますので、スウェーデンの制度をそのまま日本に持ってきても機能しないかも知れませんが、「考え方」は取り入れる方向で政治が動いてくれるとうれしい気がしました。

私たちの社会は、このままでは持続不可能だ。人類の生存を脅かす環境破壊が現実のものになり、少子高齢化が進みつつあるいま、人間のつくった仕組みを自然法則に合わせて変えていかないかぎり、次世代に無事、安心と安全な社会を引き渡すことはできない。日本が「失われた10年」を空しく過ごしている間に、スウェーデンは、2025年頃に「生態学的に持続可能な社会」あるいは「緑の福祉国家」を実現する、という大きな見取り図のもと、年金制度改革、化石燃料の消費量を抑える、資源の再利用、廃棄物を減らすといった施策を着々と進めてきた。「国家の持続可能性ランキング」(2001年に「国際自然保護連合」が発表した数字)で1位にランクされている国、スウェーデンから、私たちの学ぶものは多い。

神野 直彦 : 脱「格差社会」への戦略 ☆☆☆☆・

神野さんが考える、参加保障型社会への戦略が終章にまとめられており、よく理解できた、気がします。「こういう方向なら日本も少し良くなるね」という方向性がぼんやりながらでも見えると気持ちが少し晴れやかになります。自分が何をできるか、しっかり考えよう。

格差社会論がさまざまに論じられ、情報が氾濫するなか、一体この問題をどのように捉え、考えたらよいのか。税制は格差を助長していないか。雇用、社会保障、教育の現場で何が起きていて、どうすればよいのか。各界の第一人者一六人による討論および論考が、多くの示唆を与えてくれる。『世界』好評連載プラス書き下ろし。

池谷 裕二, 糸井 重里 : 海馬―脳は疲れない ☆☆☆・・

脳って面白いですよね。私も「経験メモリー」を増やして天才とはいわずとも常に柔軟な発想ができる脳みそをつくっていきたいと思います。脳のことをソフトにお勉強したいかたにおすすめです。
脳のことをもっと詳しく知りたい方は、ラマチャンドラン『脳の中の幽霊』がおすすめです。これは面白かった!
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    中村 直彦|naohiko nakamura 写真を見たり、撮ったり、好きな本を読んだりしてのんびり生きています。 写真のブログもあります⇒PHOTOWORM

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